藤 田 東 湖 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)

回 天 詩 史 (序 文)
余之獲罪屏居也、偶得三決死而不死之句。
既而又就其韻、?二十五回渡刀水之句。
毎得一句、追懐往事、感慨四集。
乃就其句、録事実於左。
如此者連日、遂成八韻十四句。
其録亦又為十一篇。
其叙事、或触類而長之、或託物而発之。
雖固出於遣悶泄鬱之餘、亦可以観世変矣。
因命日詩史。
其冠以回天二字者、蓋窃有微意在焉。
然言頻触忌諱、事亦多機密。
非敢示諸他人、聊遺於子孫云。

(/rp>かい (/rp>てん (/rp> (/rp> ((/rp>じょ (/rp>ぶん )

(/rp>(/rp>つみ(/rp>(/rp>へい (/rp>きょ するや、(/rp>たま (/rp>たま(/rp> たび(/rp>(/rp>けつ して(/rp>しか(/rp> せず」 の(/rp>(/rp> たり。
(/rp>すで にして(/rp>(/rp>(/rp>いん(/rp> きて、 「(/rp> (/rp>じゅう (/rp> (/rp>かい (/rp>とう (/rp>すい(/rp>わた る」 の(/rp>(/rp> ぐ。
(/rp>いつ (/rp>(/rp>(/rp>ごと に、(/rp>おう (/rp>(/rp>つい (/rp>かい し、(/rp>かん (/rp>がい (/rp> (/rp>しゅう す。
(/rp>すなわ(/rp>(/rp>(/rp> きて、(/rp> (/rp>じつ(/rp>ひだり(/rp>ろく す。
(/rp>かく(/rp>ごと くする(/rp>こと (/rp>れん (/rp>じつ(/rp>つい(/rp>はち (/rp>いん (/rp>じゅう (/rp> (/rp>(/rp> す。
(/rp>(/rp>ろく(/rp>(/rp>(/rp>じゅう (/rp>いつ (/rp>ぺん(/rp> す。
(/rp>(/rp>こと(/rp>じょ するに、(/rp>ある いは(/rp>るい(/rp> れて(/rp>これ(/rp>ちょう じ、(/rp>ある いは(/rp>もの(/rp>たく して(/rp>これ(/rp>はつ す。
(/rp>もとよ(/rp>けん (/rp>もん (/rp>せつ (/rp>うつ(/rp>(/rp> づと(/rp>いえど も、(/rp>(/rp>もつ(/rp> (/rp>へん(/rp>(/rp> し。
(/rp> りて(/rp>なづ けて 「(/rp> (/rp> 」 と(/rp> う。
(/rp>(/rp>かん するに 「(/rp>かい (/rp>てん 」 の(/rp> (/rp>(/rp>もつ てする(/rp>もの は、(/rp>けだ(/rp>ひそ かに(/rp> (/rp>(/rp>(/rp> り。
(/rp>しか れども、(/rp>げん(/rp>すこぶ(/rp> (/rp>(/rp> れ、(/rp>こと(/rp>(/rp> (/rp>みつ (/rp>おお し。
(/rp>あえ(/rp>これ(/rp> (/rp>にん(/rp>しめ すに(/rp>あら ず、(/rp>いささ(/rp> (/rp>そん(/rp>のこ すと(/rp> う。

天保十五年 (1844) の作。三十九歳。
この年の五月、水戸藩主徳川斉昭が尊皇攘夷を鼓吹して全国に多くの追随者を生んでいる事に危険を感じた幕府は、斉昭を江戸に召喚して藩主隠退を命じた。この時、東湖は病中であったが、斉昭に従って江戸に上り、斉昭の隠退とともに東湖もまた小石川 (東京文京区) の藩邸に蟄居の身となった。藩内における斉昭同調者の中心と見なされてのことである。
幽閉の身となった東湖は、その間に 『回天詩史』 を書き上げ、本詩はその巻頭に序文を添えて置かれている。
蟄居したまま 「三決死矣而不死」 の一句が浮び、その句に韻を合わせて 「二十五回渡刀水」 の句ができ、こうして八韻十四句の詩となるまで、過去を思い起こして種々の感慨があった。そこで、一句ごとに往年の時事や東湖の行動を書き添えてゆき、 『回天詩史』 となって完成したというのである。


私は幕府に咎められて蟄居していて、たまたま 「三たび死を決して而も死せず」 という一句が浮んだ。しばらくしてまた、その句の韻を用いて 「二十五回刀水を渡る」 の句を続作した。ひとつの句が出来るたびに往年のことを思いかえし、次から次へと感慨が湧き上がってくる。そこで一句ずつについて当時の事実を句の脇に書き添えていった。連日こんなことを続けて、ついに八韻十四句の詩が完成した。
事実の記録もまた十一篇となった。事実を述べるにあたって、同類の事件にふれて敷衍 (フエン) した場合も有り、事物にかこつけて胸のうちを語った場合もある。もとより、むすぼれ悶えている胸のうちを晴らそうとしてやりかけたことが、こうなったに過ぎぬが、これによって世の動きを見ることもできよう。
かくして、 「詩史」 と名づけることにした。その上に 「回天」 の二字を加えたのは、ひそかに思うところがあってのことである。しかしながら、相当さしさわりのあることを述べており、事がらも秘密にしておかなければならぬことが多々ある。けっして他人に読んでもらおうというつもりはなく、ただ子孫に書き残しておくというだけのことである。


屏居==世を避けて隠れ住むこと。
就其韻== 「三決死而不死」 の 「死」 字を韻に用いること。
四集==四方から集まる。それからそれへと感慨が湧き上がること。
録事実於左==当時の事実関係を一句ごとに左に書き添える。
八韻十四句==八句に韻を踏んで全十四句の詩。 「述懐」 を指す。
十一篇==往年の事実を記録していった文章が十一篇となった。
触類而長之==同類の出来事も広く言及すること。
託物而発之==外物に寄託して胸の思いを表出する。
遣悶泄鬱==胸中の苦悶を晴らし鬱屈を外に追い払う。
詩史==詩をもって時事を述べたもの。
回天==時勢を一変する。
微意==いささかの思い。自分の気持ちを謙遜していう語。
触忌諱==人のいやがり嫌うことに言及する。ここでは幕府や藩内で差障りのある意見。
云==文末に置いて文章を言いおさめる辞。