藤 田 東 湖 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)


(/rp>ぐん (/rp>さい (/rp>しゅう (/rp>かい
(/rp> (/rp>せつ (/rp>(/rp> (/rp>こん(/rp>つう ずるに(/rp>あら
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(/rp>(/rp> りて(/rp>(/rp>そん(/rp>どん (/rp>りょ(/rp>こころ
(/rp>とき弓槍(/rp>きゅうそう(/rp>もてあそ んで(/rp>うん (/rp>べき(/rp>
(/rp>(/rp> (/rp>(/rp>ぎん じて(/rp>だん (/rp>きん(/rp>
(/rp> (/rp>じょう なり(/rp>さい (/rp>げつ (/rp>なん怱怱(/rp>そうそう たる
(/rp> して(/rp>(/rp> (/rp>ふう (/rp>ばん (/rp>りん(/rp> るを
郡 宰 秋 懐
迂拙本非通古今

感懐底事日沾襟

憂君兼処撫民地

為吏猶存呑虜心

時弄弓槍代運甓

也吟詩句当弾琴

無情歳月何怱怱

臥聴悲風鳴万林
天保二年 (1831) の作。二十六歳。
郡奉行として在任中、秋を迎えての感慨。

もとより愚かな性 (タチ) で、広く古今の知識に通じているわけではない。それにしても、このところ物思うたびに、なぜだか涙が流れてならぬ。
藩公の事を心配申し上げているのだが、目の前には郡奉行としての仕事を行わねばならず、こうして農村の役人となっていても、夷狄を迎え撃って殲滅してやろうという気持ちは今も胸にたぎっている。
一朝有事の際もあらんかと、時に甓 (カワラ) を運んで体を鍛える代わりに弓や槍の稽古に励んだ事もあるし、また時には詩句をひねって、わが志を琴の調べに寄せたこともある。
無情にも、月日ばかりが何とすみやかに過ぎてしまった事か。横になって聴くと、秋風に吹かれて一面の林がみな悲しげな音を立てている。


迂拙==世事に疎く、愚かなこと。 底事==何事に同じ。
憂君==君は、水戸藩主斉昭を指すだろう。
撫民地==地方行政官としての職位。
呑虜心==夷狄を滅ぼしてやろうとの志。 虜は、異民族を罵っていう語。ここでは日本へ進出しようとしていた欧米諸国人をいう。
運甓==甓を運んで体を鍛えること。 『晋書』 陶侃 (トウカン) 伝にいう、陶侃が荊州刺使 (ケイシュウ シシ) であった時、朝は百甓を部屋の外に運び出し、夕方にはまた百甓を運び入れる事を習慣にしていた。人がその訳を問うと、自分には天下に志があるから、のんびりした生活で体がなまってしまわないように、こうして気力と体力を鍛えておくのだ、と答えた。
弾琴==琴をかなでる。
悲風==あわれを催す秋の風。 万林==あたり一面すべての林。