藤 田 東 湖 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)


(/rp> む (/rp>だい
(/rp>せい (/rp>(/rp>かん(/rp>だつ(/rp> たり
(/rp>あい (/rp> うて(/rp>しばら(/rp>かんばせ(/rp>ひら
(/rp>いつ (/rp>ぺん (/rp>たん (/rp>しん (/rp>こう たり
(/rp>そう (/rp>こう (/rp>けつ (/rp>るい (/rp>さん たり
(/rp>せい (/rp>きょう (/rp>きみ (/rp>さいわ いに(/rp>ゆる
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(/rp>(/rp>そん (/rp>ちゅう(/rp>さけ(/rp> みて
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無 題
脱来生死関

相遇且開顔

一片丹心耿

双行血涙潸

清狂君幸恕

顛沛我何患

好酌樽中酒

悠然見南山
文政十二年 (1829) の作。二十四歳。
無題と題する詩は、もともとの詩題が失われて伝わっていない場合もあるが、作者が初めから特定の題を用意せずに 「無題」 と題することもある。ことに詩の中の内容を詳しくは語ることが出来ぬような事情がある場合、しばしばこの題が用いられる。唐の李商隠の一連の 「無題」 詩がそれである。本詩の背景にある状況は明らかでないが、この年、水戸藩主徳川斉修 (ナリノブ) が死去し、後継問題で藩内が割れる事態の中、東湖は斉昭擁立を目指して渦中の人となった。この紛糾の過程で死を覚悟した事もあると、後に 『回天詩史』 に東湖自らが述べている。この詩は、斉昭擁立運動の一同士に示すつもりで書かれているようにみえる。

どうにか生死の境を逃れてきて、こうして君と顔を合わせることが出来たのだから、とにかく笑顔を見せて喜ぼう。 我らの胸の中には一片の真心が今も明々と輝いている。両眼からは血の涙が流れて止まぬけれども。 変わり者と笑われていても、君だけは本心を分かってくれよう。僕は辛い目に遇うことは苦にしないから。 さあ、酒でも飲んでで、悠々と南の山でも眺めていようではないか。

脱来==来は、動詞に添える助字。
生死関==生き死ににかかわる大切な局面。関は、関所で、通行の要所。
且==ひとまず、ともあれまず。   開顔==笑うこと。
丹心==赤心に同じ。赤誠、まごころ。
耿==明らかなさま。 双行==ふたすじの。涙が両眼から流れることをいう。
潸==はらはらと涙を流すさま。
清狂==本当には狂っていないが、狂者と見られること。
幸恕==幸はねがわくば。恕は、理解して受け入れる、了解する。
顛沛==つまずき倒れること。そこから、世の中で苦しい目にあうことをいう。