藤 田 東 湖 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)

承平二百歳
斯気常獲伸
然当其鬱屈
生四十七人
乃知人雖亡
英霊未嘗泯
長在天地間
隠然叙彝倫
孰能扶持之
卓立東海浜
忠誠尊皇室
孝敬事天神
修文与奮武
誓欲清胡塵
一朝天歩艱
邦君身先淪
頑鈍不知機
罪戻及孤臣
孤臣困??
君冤向誰陳
孤子遠墳墓
何以謝先親
(/rp>しょう (/rp>へい (/rp> (/rp>ひゃく (/rp>さい
(/rp>(/rp> (/rp>つね(/rp> ぶるを(/rp> たり
(/rp>しか れども(/rp>(/rp>うっ (/rp>くつ(/rp> たりては
(/rp> (/rp>じゅう (/rp>しち (/rp>にん(/rp>しよう
(/rp>すなわ(/rp>(/rp>ひと (/rp>ほろ ぶと(/rp>いえど
(/rp>えい (/rp>れい (/rp>いま(/rp>かつ(/rp>ほろ びず
(/rp>とこし なえに(/rp>てん (/rp>(/rp>かん(/rp> りて
(/rp>いん (/rp>ぜん として(/rp> (/rp>りん(/rp>つい ずるを
(/rp>たれ(/rp>(/rp>これ(/rp> (/rp>
(/rp>たく (/rp>りつ(/rp>とう (/rp>かい(/rp>ひん
(/rp>ちゅう (/rp>せい (/rp>こう (/rp>しつ(/rp>たつと
(/rp>こう (/rp>けい (/rp>てん (/rp>しん(/rp>つか
(/rp>ぶん(/rp>おさ むると(/rp>(/rp>ふる うと
(/rp>ちか って(/rp> (/rp>じん(/rp>きよ めんと(/rp>ほつ
(/rp>いつ (/rp>ちょう (/rp>てん (/rp> (/rp>かた
(/rp>ほう (/rp>くん (/rp> (/rp>(/rp>しず
(/rp>がん (/rp>どん (/rp>(/rp> らず
(/rp>ざい (/rp>れい (/rp> (/rp>しん(/rp>およ
(/rp>(/rp>しん(/rp>かつ (/rp>るい(/rp>くる しみ
(/rp>くん (/rp>えん (/rp>たれ(/rp> かってか(/rp> べん
(/rp> (/rp> (/rp>ふん (/rp>(/rp>とお ざかり
(/rp>なに(/rp>もつ てか(/rp>せん (/rp>しん(/rp>しゃ せん

徳川幕府が開かれてより、大平の続くこと二百年。正気は、この間つねに人の世に伸び広がっていった。
そうはいっても、時にこの正気も結ぼれて世に現れぬかと見えたこともあったが、その時に赤穂義士四十七人を生じたのである。
かくして、人の体内は死によって亡びるが、人が宿していた英霊は決して滅びることはない。
永遠に天地の間にあって、隠然として人の世の道義を確立しているのだと知られる。
それならば今日、誰が主となってこの正気を支え保ってゆくのか。それは東海のほとりの人傑、水戸斉昭公である。
その忠誠のまごころは厚く皇室を尊び、孝敬の誠を尽くして天の神につかえている。
学問を盛んにするとともに国土防衛の志気を奮い起こし、日本を窺う夷狄の野心を一掃してやろうと誓っている。
しかるに、にわかに困難な時運に遭遇して、藩公自身がまず真先に蟄居謹慎を命ぜられてしまったのである。
愚かなる私は、その幾 (キザシ) を未然に察することもできず、藩公ばかりか我が身までもが罪を獲るにいたった。
斉昭公から引き離された私は、不自由をかこつ閉門のなか、斉昭公の冤罪を誰に向かって訴えたらよいのは。
今は父も亡きこの私は、故郷の墓場から遠く離れた江戸での蟄居、亡き父上に詫びようとしても、そのすべさえない。

承平==大平を承け継ぐ意で、平和の続くこと。
二百歳==寛永十五年 (1638) 島原の乱が終結して後、もはや大きな戦はなく、東湖がこの詩を作った弘化二年 (1845) まで、ほぼ二百年あまりを経ている。
四十七人==赤穂義士四十七人。元禄十五年 (1702) 十二月に吉良義央 (ヨシナカ) 邸に討ち入って赤穂藩主浅野長矩 (ナガノリ) の仇を報じた。
叙彝倫==叙は、序列を整えて所定の正しい位置に置くこと。彝倫は、変ることなき人の道。
扶持==支え助けて維持すること。
卓立==高く抜きん出て立つ。傑出した人物として存在している事をいう。ここでの東湖の意は水戸斉昭を指す。
東海浜==東を海に面した水戸藩をいう。浜は、水のほとり。
修文==文コを修めて世に広めること。
奮武==軍事の備えを盛んにして国家を保全すること。
清胡塵==外国からもたらされる汚れを払う。胡は、中国西北地域の異民族の総称で、やがて広く外国をいうに用いる。この句は、水戸藩主斉昭が攘夷の主唱者であったことを指す。
天歩艱==時運が困難なめぐり合わせになること。天歩は、天の運行、時勢。艱は、艱難。
邦君==中国では天子から領土を授けられて諸侯となっている者をいい、ここでは江戸時代の大名をいう。水戸藩主斉昭。
身先淪==淪は、沈淪、沈むことで、世に出て活躍することが出来ぬようになる意。天保十五年 (1844) 水戸藩主斉昭は幕府から蟄居隠退を命ぜられ、家督を慶篤 (ヨシアツ) に譲ることになった。
頑鈍==頑迷で愚鈍。
不知機==機は、幾に同じで、ものごとの兆し。藩主斉昭を輔佐する身でありながら、幕府の動きを未然に察して、斉昭が苦境に陥るのを防ぎ得なかったことをいう。
罪戻及孤臣==処罰は東湖の身にまで及んできた。罪戻は、つみ。孤臣は、主君から見捨てられたり、遠く引き離されている家臣。
困?? (カツルイ) == 『易経』 困卦の語。?? (カツルイ) は、蔓草。蔓草にまつわりつかれるように、束縛に苦しむ。ここは東湖が閉門蟄居の身であること。
君冤==主君の冤罪。
孤子==父母もしくは父のない子供、東湖の父幽谷は文政九年 (1826) に没している。
謝先親==謝は、謝罪。先親は亡くなった親。