藤 田 東 湖 漢 詩 集

「江戸漢詩選 (四) 志 士」 ヨ リ

(発行所:岩波書店 発行者:安江 良介 注者:坂田 新)


和文天祥正気歌?序 (二)
夫天祥値宋社之傾覆、身囚於胡虜。
実臣子之至変。
若彪被幽、則特一時奇禍。
其事与跡、皆大夫同。
然古人有云、死生亦大矣。
今彪之困阨、既已若此。
而人猶或不以慊於意、
曰、何不遂賜死。
曰、何不早自裁。
彪之所以出入於死生間、亦復如此。
而頑乎不変、
自信愈厚者、
未始不与天祥同也。
嗚呼、彪之生死、固不足道。
至於公之進退、即正気之屈伸、神州之汚隆繋焉。
豈特一時奇禍之云乎哉。
(/rp>ぶん (/rp>てん (/rp>しょう(/rp>せい (/rp>(/rp>うた(/rp> す。(/rp>なら びに(/rp>じょ (二)
(/rp>(/rp>てん (/rp>しょう(/rp>そう (/rp>しゃ(/rp>けい (/rp>ふく(/rp> い、(/rp>(/rp> (/rp>りょ(/rp>とら わる。
(/rp>じつ(/rp>しん (/rp>(/rp> (/rp>へん なり。
(/rp>ひょう(/rp>ゆう せらるる(/rp>ごと きは、(/rp>すなわ(/rp>ただ(/rp>いち (/rp>(/rp> (/rp> なるのみ。
(/rp>(/rp>こと(/rp>あと と、(/rp>みな (/rp>おお いに(/rp>おな じからず。
(/rp>しか れども(/rp> (/rp>じん (/rp>(/rp> り、(/rp> (/rp>せい(/rp>(/rp>だい なり、と。
(/rp>いま(/rp>ひょう(/rp>こん (/rp>やく(/rp>すで(/rp>すで(/rp>かく(/rp>ごと し。
(/rp>しか れども(/rp>ひと (/rp>(/rp>ある いは(/rp>もつ(/rp>(/rp>あきた らずして、
(/rp> わく、(/rp>なん(/rp>つい(/rp>(/rp>たま わらざる、と。
(/rp> わく、(/rp>なん(/rp>はや(/rp> (/rp>さい せざる、と。
(/rp>ひょう(/rp> (/rp>せい(/rp>かん(/rp>しゅつ (/rp>にゅう する所以(/rp>ゆえん も、(/rp>(/rp>(/rp>かく(/rp>ごと し。
(/rp>しか(/rp>がん (/rp> として(/rp>へん ぜず、
(/rp>みずか(/rp>しん ずること(/rp>いよ (/rp>いよ (/rp>あつ(/rp>もの は、
(/rp>いま(/rp>はじ めより(/rp>てん (/rp>しょう(/rp>おな じからずんばあらざるなり。
(/rp> (/rp>(/rp>ひょう(/rp>せい (/rp> は、(/rp>もと より(/rp> うに(/rp> らず。
(/rp>こう(/rp>しん 退(/rp>たい(/rp>いた りては、(/rp>すなわ(/rp>せい (/rp>(/rp>くつ (/rp>しん(/rp>しん (/rp>しゅう(/rp> (/rp>りゅう(/rp>これ(/rp>かか る。
(/rp>(/rp>とく(/rp>いち (/rp>(/rp> (/rp> とのみ(/rp>これ (/rp> わんや。

そもそも文天祥は南宋の滅亡に際会し、その身は胡虜に囚われてしまった。一国の臣下としては、この上なき変事であった。自分が幽閉された事などは、単に一時の災難であるに過ぎない。その状況もその行動も、しずれも大違いである。
しかしながら、古人の語にも 「生死は人の大事である」 と言い、今のところ、彪の苦難は上に述べた通りであるが、人々の中にはまだ飽き足らぬとして、 「何ゆえ早く切腹を申し付けられぬのか」 、 「何ゆえ早く自決せぬのか」 と、言う者もある。
私も生死の間を行き来していることになるというのは、こうした状況にあるからである。しかも、その中にあって志をかたくなに変えることなく、信念をますます強めているのは、まったく文天祥と異なるところはない。
ああ、わが生死などは、もとより言うに足りぬ。だが水戸公の進退ということになると、これは、正気が伸びるか塞がるか、日本が栄えるか衰えるかに関わっている。どうして単に一時の災難に過ぎぬなどと言っておられよう。

宋社==宋の国家。社は、社稜で、土地の神 (社) と五稜の神 (稜) 。この二つは国家の重要な祭祀であることから、国家の意となった。
傾覆==かたむき、くつがえる。南宋の滅亡を指す。
胡虜==異民族である元 (蒙古族) を指す。胡は北方の異民族、虜は異民族を罵る言い方。
臣子==臣民に同じ。   至変==きわめて重大深刻な変事。
特一時奇禍==特は、ただ単に。奇禍は、思いがけぬ災難。
其事与跡==事は、事態、事情。跡は、その状況下での人の行動。
古人有云== 『荘子』 コ充符篇に、孔子の語として 「死生も亦た大なり」 と見えている。
困阨==苦しみ悩むこと。
不以慊於意==東湖が罪に落ちて幽閉されただけでは、まだ満足しない。慊は、ここでは十分に満足する意。
自裁==みずから命を絶つこと。自決。  汚隆==衰えることと栄えること。盛衰。
豈特==ただ単に・・・であろうか。豈徒と同じ。