長き恨みの歌物語 (八)

金闕の西廂に玉ケイを
転じて小玉をして双成に報ぜしむ
聞道 漢家天子の使いなりと
九華の帳裏 夢魂 驚く
衣を
して起ちて徘徊 し
珠箔 銀屏 リイとして開く
雲鬢 半ば偏き 新たに睡より覚める
花冠 整えず 堂に下り来たる
風は仙袂を
いて瓢ヨウとして挙がり
猶お似たり 霓衣羽衣の舞に
玉容 寂寞として涙闌干
梨花一枝 春 雨を帯びたり

黄金の御殿のその西のむねに玉のノッカーを叩いて、
修業者は侍女の小玉を介して双成に取りつがせた。
漢の皇室の天子のお使いときいて、
さまざまの花模様をちらした帳のうちでまどろんでおられた
かのかたの魂は、 はっとめざめた。
衣を取り上げて身にまとい、枕を押しやると、たちあがり、
しばらくあたりを歩きまわった。
真珠のすだれ、銀の屏風がつぎつぎに開かれ、
雲なす鬢の毛はなかばかたむいたまま、
まどろみからさめたばかりで、花冠も整えず、
かの人は堂におりてこられた。
風は仙女のたもとをひらひらと吹き上げ、
霓衣羽衣の舞そっくりであった。
が、うつくしいそのお顔はどこかもの寂しげで、
涙がはらはらとふりおちる。
そのさまは、たとえば、梨の花がひもとき
春の雨にしとどうたれてぬれそぼっているかのよう。


修行者ははやる胸を押さえて、玉で出来たノッカーを叩いた。出てきた侍女の小玉から更に双成に取り次ぎを頼み、修行者はみをつつしんで門の傍に伺候するのである。おりしも夕刻、雲海はふかぶかと夕陽の色に染め上げられていた。
「天子様のお使いが参っています」。
とりどりの花模様をちらした帳のうちにまどろんでおられたそのおかたは、はっと、夢からさめた。
驚愕からめざめた貴妃は、すばやく衣をまとうと枕をおしのけ、たちあがった。そして、驚きをしずめ、かつ、考えをまとめるかのように歩きまわった。かって、驪山の温泉宮で浴を賜ったとき、侍女が助け起こしても嬌として力無かったその人に似ぬ敏捷さであった。
貴妃の謁見の間である。真珠や白銀で豪華に飾り立てたスクリーンがさらさらと開かれる。そこへ、雲なすまげも半ば傾いたまま、午睡よりさめたばかりの麗人がおりてみえた。花冠は整えぬまま。
かぜは、今は仙女となった人の袂を飄ようとして吹き上げる。あたかもその昔、かのひとが舞った霓衣羽衣の舞のように。玉なすましろき容は寂寞としてものがなしく、涙は顔を伝ってしとどにくだった。一重だの梨に花が、ほのじろく春の雨にぬれぼそるよう。かのお人が、そのもとで、非業の死をとげられたあの梨の樹が、いま雨に打たれて咲いているのだ。

第八段は、東のかた虚無縹渺の間をたづねて蓬莱の島に、かっての貴妃、今はまた女道士にもどったその人を見出す一段である。玄宗のもとに入内する一時期、女道士となっていたときの名、楊太真だけはさすがに捨てきれず、昔のままであった。想えば下界にて、貴妃として一別してより、長い恨みの連続であった。

第九段にいたって、仙界に場を移しての不思議な愛の物語は、大詰めを迎える。長き恨みは果たして閉じられるか。