あかちゃけた土ぼこりをまきあげつつ、もの哀しげな響きを残して風がわたる。
雲にまでとどくかと思われるその道は、うねうねと剣閣にのぼり、
ゆく人もまれな蜀の山なみを、旗指し物も生気なく玄宗の一行は進むのである。
蜀の都、成都の江はふかみどり色の色をたたえ、蜀の山なみは黒くそびえたっていた。
皇帝は朝ごと夕ごとに懐いをつのらせるのであった。
仮の宮居で眺めたもう月の色は、ひときわ心をいたましめ、
夜そぼふる雨に聞く鈴の音は、
蜀の山越えの際、雨にうたれつつ聞いた駅鈴かと思わせて、
腸の断ちきれんばかりであった。
やがて、月日がうつろい天下の情勢もうつり変わった。
天子の御車は都に戻ることとなった。
一行がここまでやってくると、心ためらって立ち去ることが出来ない。
馬嵬坡のどろ土の中よりほか、貴妃をしのぶ名残はないのである。
しかし、玉のような美貌のかたがあたら亡くなられたこの場所に、
かのおひとの顔はみえず、 殺された場所ばかりが虚しく目に入るのであった。
天子も臣下も顔を見合わせては袖もしどろに涙を流した。
東に都の城門をみやりつつ、馬の歩むがままに身をまかせて一行は帰っていった。
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